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政治家とジャーナリストの違い。。。はっきり言えば、鳥越俊太郎について。

政治について語る場合、ジャーナリストの物言いは基本的に後出しジャンケンである。
政治家の言ったこと、やったことについて、「あれ、それ違うんじゃないの?!」と“気づいたこと”にダメ出しをすれば良いのである。気付かなかったことについては、当然何も言わなくていいわけで、つまり、基本的には、自分が気付いた事、言いたい事、得意な分野についてだけ、発言していればいいのである。しかも、事前に十分に調査、研究を重ねて発言をすればいいのだから、質問される側、責められる側にいる政治家よりも賢く見えるのは当たり前なのである。

バカなジャーナリストはここで、「お、オレって政治家より頭いいじゃん!」と勘違いしてしまうのである。
そして、出馬してしまうのである。

政治家はあらゆる角度からの質問や、ツッコミに答える必要があるのだから、自分の得意分野ならまだしも、すべてに対して深い内容でこたえるなど不可能。政治家の資質とは、あらゆる角度から投じられる質問に対し、いかにうまく対応(回答ではなく対応)出来るかがポイントである。

そしてこの「対応」とは、「excution能力(物事をやり遂げる能力)」に裏打ちされたものでなければならないのである。政策は誰でも語ることが出来る。夢や理想を語るだけなら、三宅洋平のようなミュージシャンでも出来る。山田太郎でも出来る。ひいては僕の大好きなリッキーGでも出来るのである(たまにライブの歌の途中で平和/反戦についての語りが入るので。そして三宅洋平の応援にも行っていたようなので。)。ミュージシャンは夢や理想(たまに現実)を歌うのが仕事だからそれでいいのである。また、それに追随する若者も、若者たるもの理想に生きるのが仕事みたいなもんだからそれでいいのである。

でも、政治家は理想を語るだけではなく、政策を語るだけではなく、それをexcuteして、初めて「仕事をした」と認められるのである。政策なんかは、ブレーンや専門家が作ればいいわけで、それを精査して実行に移すかじ取りをする、ビジネスで言えば、マネージメントの役割が政治家なのである。

そういう意味では、「解説はできるかもしれないけど、行政のトップなんて仕事は務まりません。能力は全く別。」と答えた池上彰はそのへんの分別が出来る本当に賢いジャーナリストなんだと思う。

そして、鳥越俊太郎はまったくその真逆で、立候補したら、自分の得意分野、自分が気付いたこと以外の色々な質問が飛んでくるもんだから、「あれ、今まではいい感じでいろいろと政治家の批判とか、世の中に対していろいろな分析とか出来たのに、記者の質問に全然答えられないじゃんオレ。」って今さらながら気づいたバカなジャーナリストなのである。それはそうだ。今までは自分の言いたい事を言っていたつもりかもしれないけど、実はそれは、「自分が言える事だけ言っていて、言えないことは言っていなかった」ってことを知らなかったのだろう。

そして、もう一つ、こういうジャーナリストに、ポジションを預けてしまった宇都宮健児は同罪である。仮に、その裏に考えがあるとしても、政治的な駆け引きがあったのだとしても、それは「excution能力が無かった」と判断されるわけで、結局都知事の器であなかったということである。

Posted 2016-07-18 (月) 22:34

Category: POLITICS